研究内容

植物遺伝・育種研究室

研究内容

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研究課題について
植物遺伝子機能分野

●植物の環境応答機構の解明
1)植物のカドミウム耐性機構の解明
2)低温や高温でイネの成長や登熟を可能とする遺伝子のゲノム解析

●植物の生殖機構の解明
1)植物の生殖に関わる遺伝子ネットワークの解明
2)自家不和合性(植物の自己花粉と非自己花粉の認識機構)に関わる遺伝子群の解析

●植物の生長プログラムの解明
1)マイクロRNAを介した植物の生活環の制御機構の解明


植物育種分野

●ゲノム育種法の確立と新品種育成
1)イネの品種改良のためのゲノム育種法の開発
2)リンゴの果皮色に関するゲノム育種法の開発

●果樹新品種の育成
1)イオンビーム照射によるリンゴやナシの新品種育成技術の確立
2)醸造酒加工用リンゴの品種探索と品種育成

●秋田郷土野菜(伝統野菜研究会)
1)秋田の伝統野菜の収集と遺伝的特徴の解析

●薬用植物
1)化粧品の原料となる薬用植物の解析


研究課題のいくつかを紹介します


イネを低温で生長させる遺伝子と品種改良(赤木)

イネは熱帯原産ですが、低温でも正常に発芽して生長できるものが存在します。特に、ヨーロッパには低温に強いイネが多く存在していて、これらは日本のイネが持っていないユニークな遺伝子を持っていると考えられます。

このような遺伝子を幾つか、ヨーロッパのイネで見つけてきました。これらの遺伝子を合わせ持つあきたこまちを交配で育成したところ、低温でも良く発芽できるようになりました。

ポルトガルのイネ品種「Arroz da Terra」の低温発芽性に関わる遺伝子の解析
―次世代シーケンサーを用いたQTL-seq解析―
  1. はじめに
    直播栽培は稲作の省力化・低コスト化を可能にするが、秋田県のように春先が低温となる地域では、低温での発芽、土壌から出芽、低温での生長に優れる品種の育種が不可欠である。植物・遺伝育種研究室では、これまで低温発芽性に優れるヨーロッパ品種に着目して、低温発芽性に関わるQTL(量的形質遺伝子座)や遺伝子の解析を進めてきた。
    近年、効率的にQTLを同定する方法としてバルクセグレガント解析(BSA)と次世代シーケンサーによる配列解析を組み合わせたQTL-seq法が開発された。この方法では、表現型の異なる親品種同士を交雑し、その後代から表現型が明確に異なる2タイプ個体群を選びだす。それぞれの個体群の混合DNAの塩基配列を比較することで表現型と関連するQTLを短期間で検出可能となった。
    そこで、低温発芽性に優れるポルトガル品種の「Arroz da Tera」と「あきたこまち」との戻し交雑自殖系統(BILs)を用い、QTL-seq法により低温発芽性に関わるQTLの同定を試みた。

  2. QTL-seq解析
    低温発芽性に優れるポルトガルの品種「Arroz da Tera」(図1A)と低温発芽性が劣る「あきたこまち」(図1B)との戻し交雑自殖系統(BIls)、93系統の中から低温発芽性が優れる5系統(H-LTGプール)と低温発芽性が劣る5系統(L-LTGプール)を選抜し、それぞれの混合DNAを次世代シーケンサーで塩基配列を解析した。
    解析ソフトQTL-seqを用い、それぞれのDNAプールの平均SNP-indexとΔSNP-indexを計算し、低温発芽性に関わるQTLを検出した。
  3. イネ種子発芽画像

    図1.「Arroz da Terra」と「あきたこまち」の15℃、4日目の発芽の様子 A:「Arroz da Terra」、B「あきたこまち」

  4. BILsの低温発芽性
    播種後4日目の発芽率は、「Arroz da Tera」が47.5%、「あきたこまち」が1.0%であったのに対し、BILsでは発芽率が3.7~94.9%と幅広い変異を示し、「Arroz da Tera」よりも発芽率が高い系統が存在していた。このことから、このBILs集団の低温発芽性には複数の遺伝子が関与し、「あきたこまち」にも低温発芽性を橋上させる対立遺伝子が存在すると考えられた(図2)。
  5. イネ種子発芽グラフ

    図2.BILsの15℃、4日目の発芽率の分布 93系統のBILsを15℃、4日目の発芽率で分類してヒストグラムを作成


  6. 低温発芽性に関わる第7染色体のQTLの検出
    BILsの中から選抜した低温発芽性が優れる5系統(H-LTG)と劣る5系統(L-LTG)、それぞれのDNAプールに共通する親系統の染色体領域の同定を試みた。
    第7染色体についてH-LTGとL-LTGのSNP-Indexをプロットしたところ、選抜した5個体全てが「Arroz da Terra」由来の遺伝子型を持つSNP(SNP-index=1)、逆に、全てが「あきたこまち」由来の遺伝子型を持つSNP(SNP-index=0)が存在していた。また、H-LTGでは、2~7 Mbの領域は「Arroz da Tera」型、19~22 Mbの領域は「あきたこまち」型に偏っていた。一方、L-LTGでは、4~15 Mbの領域は「あきたこまち」型、18~22 Mbの領域は「Arroz da Tera」型に偏っている傾向が見られた。また、10~18 Mbは両親型が混在していることが明らかとなった。
    低温発芽性に関わる染色体領域を特定するため、H-LTGからL-LTGのSNP-indexを引いて両親の遺伝子型の頻度の差を示すΔSNP-indexを求めたところ、第7染色体の短腕部の5.2~6.8 Mbの間に10%水準で有意なQTL(qLTG7)が検出された。このqLTG7ではΔSNP-index が正の値を示し、H-LTGが「Arroz da Tera」型、L-LTGが「あきたこまち」型の遺伝子型を有し、「Arroz da Tera」型が低温発芽性を高めると推定された。
  7. 第7染色体のSNP

    図3.第7染色体のSNP-index (A:H-LTGバルク、B:L-LTGバルク)

    第7染色体のQTL-Seq解析

    図4.第7染色体のQTL-seq解析 青の点は、ΔSNP-indexを示す。オレンジは99%、緑は95%、ピンクは90%の信頼区間を示す。

  8. BILs集団における低温発芽性を高めるQTL
    全染色体領域についてQTL-seq解析を行った結果、第7染色体のqLTG7を含め5か所に10%水準で有意なQTLが検出された。すなわち、第4染色体の28.3~29.3 Mb(qLTG4)と第11染色体の23.4~25.4 Mb(qLTG11)のQTLは、第7染色体のqLTG7と同様「Arroz da Tera」型が低温発芽性を高めるものと考えられた。一方、第3染色体の15.5~17.9 Mb(qLTG3)と第6染色体の31.1~32.2 Mb(qLTG6)は「あきたこまち」型が低温発芽性を高めるものと考えられ、これらがBILsにおける低温発芽性の超越分離をもたらしたものと考えられた。

  9. 今後の展望
    ポルトガル品種の「Arroz da Tera」と「あきたこまち」の交雑後代において、「あきたこまち」の低温発芽性の改良に有効と考えられる複数のQTLを見出した。これまで、旧ユーゴスラビアの品種の「Maratteli」において見出したQTLを「あきたこまち」に導入した系統の育成を進めている。本研究で見出したQTLは、qLTG11を除いて「Maratteli」で見出したQTLとは異なることから、それらのQTLと組み合わせることで「あきたこまち」の低温発芽性をさらに向上させられると期待される。また、本研究の手法によって直播適応性に関わる土中出芽性や低温伸長性などの形質についても短期間でQTLを特定することが可能と考えられ、それらも合わせることで実用的な直播適応性を付与した品種を育成できるものと考えられる。



  10. イネのカドミウム蓄積の分子機構の解明と品種改良

  1. 背景と目的
    鉱山や工場から排出された有害重金属のカドミウム(Cd)は土壌に蓄積されており、農産物を介して人体に取り込まれて健康を害する。植物にCdを吸収させて土壌を浄化するファイトレメディエーションが注目されている。
    ファイトレメディエーションのための植物として秋田県農業試験場により通常のイネの5倍ものCdを茎葉部に蓄積する「長香穀」が見出された。
    植物遺伝・育種研究室では、「長香穀」を超えるCd高蓄積性のイネの育成することを目指し、「長香穀」がCdを高蓄積する分子機を解明してきた。さらに、その解明した遺伝子を持つCd高蓄積系統を育成してきた。
  2. イントロポンチ絵





  3. 「長香穀」のCd高移行性の遺伝分析
    「長香穀」は吸収したCdを高い割合で茎葉部へ移行させることで茎葉部のCd濃度を高め、Cd高蓄性を示す特徴を持っていた。「長香穀」と「秋田63号」とのF2でCd高移行性は1:3の比で分離し、「長香穀」のCd高移行性は単一劣性遺伝子に支配されていることが明らかになった。
    F2集団のQTL解析によってCd高移行の原因遺伝子は第7染色体のqCdT7領域に座乗していることを特定した。この領域のOsHMA3遺伝子はCdのような2価の金属イオンを輸送する膜輸送体をコードし、「長香穀」では機能が変異している可能性が示唆された。
  4. Cd移行グラフ






    Cd染色体地図




  5. 「長香穀」のCd高移行性を決める遺伝子
    OsHMA3は主に根で働いており、細胞内の液胞膜に局在していることから、OsHMA3は吸収したCdを根の細胞で液胞内にCdを輸送していると考えられた。
    また、酵母を用いたCd輸送能の解析により、「秋田63号」のOsHMA3はCdを輸送できる一方で「長香穀」のOsHMA3はCdを輸送できないことが明らかになった。つまり、OsHMA3は液胞内にCdを輸送する膜輸送体で、「長香穀」では機能を喪失(劣性)しているものと考えられた。

  6. イネにおけるCd蓄積モデル
    通常のイネでは吸収したCdはOsHMA3によって液胞内へ輸送されるため、Cdは根に留められる。そのため、茎葉部へのCd移行が抑制され、茎葉部のCd濃度が低くなる。
    これに対し、「長香穀」ではOsHMA3が機能喪失しているため根の細胞の細胞質に多量のCdが残留する。このCdは導管へと排出されて茎葉部へ運ばれるため、「長香穀」の茎葉部には多量のCdが蓄積する。このようにOsHMA3はイネにおいて茎葉部へのCd蓄積を決定づけるキーとなる遺伝子であることが明らかとなった。
  7. 秋田63号

    図.秋田63号(Cd低蓄積)

    長香穀

    図.長香穀(Cd高蓄積)


  8. Cd高蓄積系統の育成
    Cd高蓄積の「長香穀」と「秋田63号」との交配後代から「長香穀」のOsHMA3遺伝子を持つ系統をDNA選抜し、「長香穀」よりも多くのCdを土壌から収奪できる系統を選抜した。選抜したCOA1と秋田114号は「長香穀」の1.4倍のCdを収奪できる可能性が示された。
  9. Cd蓄積量




  10. 結論
    イネではOsHMA3が植物体内でのCd輸送のキーとなっており、このOsHMA3が機能喪失することで茎葉部にCdが構蓄積していること明らかとなった。さらに、機能喪失型のOsHMA3を持ったバイオマスの大きなイネをDNAマーカー選抜することにより、多量のCdを土壌から収奪できるイネを育成した。
  11. 実った田圃




イネ発芽
画像の説明文

シロイヌナズナを使って植物の生命プログラムを研究する(渡辺)

植物の一生は、核の中の染色体上に遺伝子という形で刻まれたプログラムに従って進行します。私は植物の一生をコントロールするプログラムをシロイヌナズナを使って研究しています。写真右側が正常なシロイヌナズナ、左側は生命プログラムがおかしくなり、いつまでも枝が伸び続けるようになったものです。こうした異常の原因となった遺伝子を見つけたり、植物を使った環境浄化を目指して、シロイヌナズナが重金属に応答する仕組みも調べています。

ダミー画像
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クラブアップルの潜在能力は無限大!?(櫻井)

リンゴには、左の写真のような様々な色の花や実を付ける「クラブアップル」と呼ばれる仲間がいます。クラブアップルは、リンゴにはない優れた特徴があるので、それらの研究を行い、リンゴの品種改良に役立てようとしています。例えば、リンゴにはビタミンやポリフェノールなど様々な健康増進成分が含まれていて、その食品機能性は良く知られていますが、最近の研究でクラブアップルにはその機能性がリンゴの100倍以上あることが分かってきました。この特徴をリンゴに導入出来れば、食べるだけで健康増進に役立つ高機能性リンゴの品種改良が可能になります。

リンゴ花と実
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植物の花粉ができるしくみ(上田)
小見出し

今や国民病ともいわれる花粉症。植物にとって花粉は雄側の遺伝情報を子孫に伝え、種子をつくるために重要な細胞です。花粉や葯では多くの遺伝子が働いていますが、それらの機能についてまだ十分にわかっていません。そこで、花粉ができない変わりものイネ(突然変異体)や、最近注目されているゲノム編集技術を利用して、花粉ができるしくみを調べています。そのしくみがわかれば、イネの品種改良に役立つだけでなく、花粉ができない植物をつくることで花粉症の克服に貢献できます。
→上田のその他の研究テーマはこちらへ

CAP1花粉
正常なイネの葯の横断切片とヨード染色した花粉(左)、cap1突然変異体の葯と花粉(右)